January 16, 2008

葱鮪

 ねぎまを作った。
 葱、鮪、豆腐の入った澄まし汁。生姜と酒でくさみを消し、ベースには塩味に醤油を加えた普通のだし汁を。なによりどれも簡単にぶつ切りできる材料なので準備が極めて簡単なのがいい。
 で、汁は多めがいいです。絶妙の味になるから。
 
 それにしても鮪は高い。正価398円/100g。安売りの日を待ちにを待って買ったのだけれど、それでも298円/100gもした。・・・ファインとコモディティの間だ。・・・

 鮪の安売りがなかなか来なかったので期待もいや増していたのだけれど、それ以上に美味しかった。冬は寒いけど、あったかい食べ物が楽しめるのがいいところ。(この項書き掛け)

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徒犬亭ぽちの日記

 年賀のご挨拶もせずご無沙汰しきっておりますが・・・こっそりこりこり書いておこう。
 NHKの連続テレビ小説「ちりとてちん」にすっかりはまっております。
 何より嬉しいライトコメディ、練りに練った(んじゃないかと思える)ストーリー展開。難をいえば台詞回しがややくどいのと主人公の魅力の強さがいま一つというところ。ただ、その分、なんといっても脇役が光っていて、短い出番でもしっかり描かれているのがすばらしい。うむ。ドラマは脇役だよ。

 順不同で好きなのは、草原兄さん、四草くん、A子、順ちゃん、正平くん、小梅さん、糸子さん、正典さん、緑さん、少年時代の一くん、柳宝師匠(さすが本職)、柳眉さん、咲さん、菊江さん、志保さん、幸助さん・・・(づづくかも)

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August 01, 2007

歌謡曲の黄金の果実たち

 かつて歌謡曲があった。J-POPという言葉が生まれて以来、今では「」でなければ使われることがほとんどないが、1970年代は歌謡曲の全盛期だった。日本語の詞に重みのある歌たちが街角にいつも流れていた。

 いつかこの歌謡曲の詞のことを書こうと思っていたら、今日、阿久悠さんが亡くなったという。最も偉大な作詞家、この人の歌なくして歌謡曲は語れない。書きたいことが山ほどあってどこから手をつけていいかわからない。

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July 14, 2007

オールラウンドな形容詞の器

 『ことば遊びの楽しみ』 阿刀田高・著 岩波新書

 この本の中に、五音の季語を使えば何でも俳句にできる七・五音「根岸の里のわび住まい」と、どんな上の句でも川柳にできる下の句「「それにつけても金のほしさよ」というのが紹介されていますが、さらに手軽な言葉遊びをjひとつ。

 形容詞をひとつ思い浮かべます。つよい、かるい、すがすがしい、などなど、「~い」という形容詞。
 それを使って一文作ります。

 生きてるって~いなぁ。

 この文が使われ得るシチュエーションを想像してみて下さい。
 大抵はできそうでしょう?

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June 23, 2007

さらばあの日のかのテレビ

 部屋の中がいつまでも片付かないことjに業を煮やし、使っていなかった古いテレビを半ば八つ当たり気味の勢いで捨てて来ました。近所の家電の店に聞いたらリサイクル料金を払えば引き取るとのこと、14インチのブラウン管は嵩張る割には軽く、片手でぶら下げて車に積み込めたし、手続きも店のカウンターで記名した程度で済んでしまい、やってみたら簡単なことでした。ついでに棚も買ってきて床に散らばっているものを積むことに。こちらは床の有効面積は広がったものの威圧感が出てしまい、初日は功罪相半ばという印象です。とはいえ、まぁ良くやったかな。

 などと自己満足していたときにふと気付きました。
 あのテレビ、そういえば一人暮らしを始めたばかりの春にすぐに買ったものだったんだっけ。

 人生の半分はもう一人暮らしを続けていることになるのですが、その始めの日々に買ったモノたちは、壊れたり引越ししたりする度に一つ欠け二つ欠け、今はもう幾らもありません。ここ1年ほどは部屋のレイアウトの関係でPCのチューナーでテレビを見ているのですが、その前はこの古テレビを使っていたのでした。故障した時はこっそり蓋を外し、基板を押すと点くことからどこかが接触不良なのだろうと推測したものの判定はつかず、そのうちうっかり感電しかけたため諦めて修理に出したこともありました。修理費用はかかったけれどちゃんと直ってずっと使えていた一品、今も別に壊れていたわけではありませんでした。

 捨てることになったのは現在の必然、捨てるべきだったとは思うけれど、嗚呼哀しい哉。

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June 17, 2007

1dayトーナメント

 日本女子プロ将棋協会(LPSA)主催の第1回1dayトーナメント"パールカップ"のネット中継を観戦。30分30秒、8人のトーナメントを半日でこなしてしまうスピーディな進行が売りの新しい試みでした。中継は同時並行とまではいかなかったけれど洗濯物を干しながら横目で眺めるには丁度良く、午後一杯付き合ってしまいました。

 女流棋士の将棋は、ある意味、面白い。プロ棋士の将棋は相手の手の殺し合いで、下手の横好きにとっては指し手の意味が深遠すぎて分かりません。これを楽しむには総合力に優れた解説者がいてくれることが必須です。そこへいくと女流棋士の将棋は、やりたいことをやる、というアマチュア有段者の将棋と直結した面白さがある反面、明らかに首を傾げてしまう指し手が時には折角の競り合いを台無しにしてしまうこともあり、良くも悪くも親近感のある将棋が展開されます。ゴルフ好きの同僚が、上達の参考には女子プロゴルファーを見るのがいい、男子は筋力が段違いで参考にならない、と言っていましたが、将棋でも同様のことが言えるかもしれません。

 イベントとしてはなかなか面白かったのですが、残念ながら競り合いの面白さを堪能できる棋譜はほとんどありませんでした。棋力では中井六段だけが一頭抜きん出ている印象があり、ここはLPSAの泣き所かもしれません。とはいえ、強さだけならそのうちコンピューターに勝てなくなる宿命にある将棋のこと、我々にとっての楽しさはどこにあるのかを思うとき(片上五段、松尾六段のコメントが良かった。女流棋士はアマチュアに似ていながら顧客ではないので辛口のコメントもあり得ること考えると、女流棋士の将棋をプロ棋士が真剣に批評する、というのは面白いのではないでしょうか。)、LPSAの頑張りと新しい試みに拍手を送りたいと思います。

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June 07, 2007

指揮台上の快男児

 『指揮のおけいこ』 岩城宏之 文春文庫

 無茶苦茶おもしろい。やがて、とてもさみしい。

 著者のマエストロ・イワキは日本人の代表的な指揮者が海外を飛び回って活躍することになった最初の世代のひとり。エッセイは多くものしたらしいが、この一冊で初めて読んだ。

 文章は破天荒だ。まず、誰に向けて書いているのか、どこまで本気なのかがわからない。指揮者の卵に対する真摯なアドバイスと素人音楽ファンへのサービスたっぷりの笑い話が渾然一体になっていて、話もあちこち飛んでまとまりがない。だが、音楽への情熱と指揮することへの誇りが、正面きってどんどん伝わってくるのだ。「自分が表現したいことが、指揮台の上で逆立ちすることでしか表せないなら、そうすればいい。」--この部分だけ切り出すと誤解されかねない危険はあるが、生きる姿勢を真っ直ぐに述べていて爽やかだ。快男児である。

 Wikipediaで検索してみて驚いた。ちょうど一年ほど前に亡くなっていた。もっと早く知っていたなら、生前の活躍に臨場する機会は十分にあったのに。2004年と2005年の大晦日にはベートーヴェンの交響曲を全曲一人で指揮したという。クラッシック音楽には生きるパワーを込めることができるのだ。本文の最後、「死ぬまで元気男をやって行くエネルギーを持つことにした。」を改めて読むと、シンとして、やがて拍手を送りたくなった。

 感想を詳しく書きたいエピソードもいろいろあるけれど、本文の邪魔だから書かない。マエストロ・イワキのエッセイを読んだことがない方、ぜひ一読をお勧めします。

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May 30, 2007

新たな船出

 日本女子プロ将棋協会(LPSA)が設立されたそうです。
 おめでとう。中井代表をはじめ17名の女流棋士の方々のご活躍をお祈りしております。

 今回の騒動は女流棋士の分裂という形になってしまい、新協会にとって辛い船出かとは思います。正直、17名のメンバーの中で現在スター性のある人はごくわずか、タイトルホルダーも1人もいません。このあたり、引き抜き的な裏話を読んで将棋ファンとして興醒めする思いを味わっておりましたが、将棋の将来を見据えた理想の姿では共通するものがあるはず。水面下での女流棋士全体のつながりがむしろ強くなればいいと思っています。

 コンピュータープログラムが生身の棋士を凌駕するということは、設問(先手必勝、後手必勝、あるいは引き分け)の解が判明することに比べれば将棋の本質を揺るがすものではないはずですが、人間である将棋ファンの気持ちの上では、機械に負けた、ということの方がショックが大きいかもしれません。その日を間近に控え、将棋の価値とは何かをもう一度見直す必要に迫られている今、この新たな出発が良いきっかけになってくれることを願っています。Bon Voyage!

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May 29, 2007

自分好み

 さきの連休から久しぶりに自炊をすることにしました。
 昔は”自分で料理した”という満足感だけでかなり食が進んだものでしたが、今は小食になったのか、味にうるさくなったのか、それとも料理がいい加減になりすぎたのか(多分最後のが最大の理由だ)、どうもいまひとつ喜びに欠けます。とはいえ、自分の好みの味に近づけられるというのはなかなかいいもので、面倒ながらひと月ほど続いています。

 短いストーリーを書くときも、やはり自分が読みたいものを書いているのではないかと思います。そのせいもあるのか、ある程度時を置いても自作は客観的に読むことができません。HPに載せたうちの半分ほどははっきりと好きで、今でも自分で読んで自分でじんわり噛みしめていることがあります。

 そんな中で自選3篇のうちの1篇、「残像」の推敲し直しがようやく一段落しましたのでHPに掲載します。
 当時はとにかく物語を凝縮しようと躍起で、硬い漢語を多用して文章の密度を上げることばかりに熱中していましたが、今にして思えばやはり読みにくい。中にはどうしても変えたくない表現があるので全体のバランスを崩さないように変えられる単語だけを言い換える作業は案外難しく、何度も諦めかけましたが、今回ようやくなんとか納得のいく推敲ができました。
 好きな3篇をようやく並べられて、宿題がひとつ片付いたような気がしています。

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May 07, 2007

切れていたけれど

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 昨日指した将棋を並べてみました。

 図は先手駒損で切れ模様。歩がないのが痛い。
 ▲5六桂と打った手は後手の5五銀や6三の飛車を牽制し、次に▲4七桂や▲4四桂でも狙おうという考えのようですが、決定力に欠けぼんやりとしています。
 でも、後手とすると変に手を渡されるのもやりにくいですよね。
 どうやらここで後手がはっきり良くなる順があったようなのですが、実戦では悪いところへ手がいってしまい、6手後には逆転の流れになってしまいました。さて、あなたならどう指しますか?

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