歌謡曲の黄金の果実たち
かつて歌謡曲があった。J-POPという言葉が生まれて以来、今では「」でなければ使われることがほとんどないが、1970年代は歌謡曲の全盛期だった。日本語の詞に重みのある歌たちが街角にいつも流れていた。
いつかこの歌謡曲の詞のことを書こうと思っていたら、今日、阿久悠さんが亡くなったという。最も偉大な作詞家、この人の歌なくして歌謡曲は語れない。書きたいことが山ほどあってどこから手をつけていいかわからない。
かつて歌謡曲があった。J-POPという言葉が生まれて以来、今では「」でなければ使われることがほとんどないが、1970年代は歌謡曲の全盛期だった。日本語の詞に重みのある歌たちが街角にいつも流れていた。
いつかこの歌謡曲の詞のことを書こうと思っていたら、今日、阿久悠さんが亡くなったという。最も偉大な作詞家、この人の歌なくして歌謡曲は語れない。書きたいことが山ほどあってどこから手をつけていいかわからない。
『指揮のおけいこ』 岩城宏之 文春文庫
無茶苦茶おもしろい。やがて、とてもさみしい。
著者のマエストロ・イワキは日本人の代表的な指揮者が海外を飛び回って活躍することになった最初の世代のひとり。エッセイは多くものしたらしいが、この一冊で初めて読んだ。
文章は破天荒だ。まず、誰に向けて書いているのか、どこまで本気なのかがわからない。指揮者の卵に対する真摯なアドバイスと素人音楽ファンへのサービスたっぷりの笑い話が渾然一体になっていて、話もあちこち飛んでまとまりがない。だが、音楽への情熱と指揮することへの誇りが、正面きってどんどん伝わってくるのだ。「自分が表現したいことが、指揮台の上で逆立ちすることでしか表せないなら、そうすればいい。」--この部分だけ切り出すと誤解されかねない危険はあるが、生きる姿勢を真っ直ぐに述べていて爽やかだ。快男児である。
Wikipediaで検索してみて驚いた。ちょうど一年ほど前に亡くなっていた。もっと早く知っていたなら、生前の活躍に臨場する機会は十分にあったのに。2004年と2005年の大晦日にはベートーヴェンの交響曲を全曲一人で指揮したという。クラッシック音楽には生きるパワーを込めることができるのだ。本文の最後、「死ぬまで元気男をやって行くエネルギーを持つことにした。」を改めて読むと、シンとして、やがて拍手を送りたくなった。
感想を詳しく書きたいエピソードもいろいろあるけれど、本文の邪魔だから書かない。マエストロ・イワキのエッセイを読んだことがない方、ぜひ一読をお勧めします。
以前とある海辺の観光地で大好物のラムレーズンアイスクリームを大盛にしてもらって自由の女神のトーチよろしく右手で持って歩いていたら背後から滑空してきたカモメが右肩すれすれに飛び過ぎたので驚いてアイスクリームを見たら嘴の痕が深々と残っていた、ということがありました。信じがたいことですが、おそらく奴はラムレーズンをピンポイントで啄んだのでしょう。・・・あくまで仮説ですが。
ところで、CMの中でクラッシック音楽の1フレーズやそのメロディラインのアレンジなどが使われることがよくありますね。その曲の中でも一番有名なサビの部分が選ばれやすい。小説でも一節だけが切り取られて言葉の断片として使われることがあります。言葉は切り取った部分が短いほど多義的になり、上手く使えば効果も大きい反面、原文の意図からは離れてしまうことも。
著作権等の権利の問題さえクリアしていれば、優れたメロディやフレーズは蓄えられ繰り返し使われることによって広く末永く行き渡る方がいい。特にせわしない今は、例えば交響曲1曲を30分以上かけて4楽章全部聴く気にはならず、プロがそのエッセンスだけを切り出して現代風にアレンジしてくれた方が親しみやすい。けれどそこからは原曲の全体的な構想はどうしても抜け落ちてしまいます。小説もしかり。サビの一句は切り出してそれだけを眺めるとしばしばクサいけれど、本来はその一句を生かすための下準備の文脈があり、本来は小説全体のなかの一節として生きるように書かれたものだろうと思います。
スポーツニュースのダイジェストで各チームのフォワード達によるゴール集を見るのとサッカーという競技全体を楽しむのとは少し違う。ラムレーズンだけを取り出してぱくぱく摘み食いするのと時間をかけてゆっくりと食事しアイスクリームまで味わうのとは別。どちらが良いというわけではなく、その両方があることを知る余裕だけは持っていたいと思うわけですよ、カモメ君。
昔、CDのジャケットに惹かれて買った曲、リムスキー=コルサコフの交響組曲《シェエラザード》を久しぶりに聴いています。
シャリアール王は心の奥深くで傷ついていた。彼は一度は世を捨てて放浪の旅に出たけれど、そこで再び決定的な傷を受け、切れてしまう・・・『千夜一夜物語』の中にはもう一度読みたい話が幾つか含まれていたけれど、今も思い出す珠玉の物語はひとつ。この千夜一夜の枠組になっているシャリアールとシェエラザードの話、二人が出会うまでのいきさつと千夜と一夜の長い長い夜の物語です。
ここ数日、Mr. Children の"Tomorrow never knows"がずっと聞きたくて、今日とうとうCDを買って来ました。
CDの売上げはひと頃より減っているとのことですが、正直ここまでとは思いませんでした。中古CDの店舗は増えている気がしますが、新品のCDを扱う店は減り、残っている店でも売場がかなり小さくなっています。人は音楽を聞かなくなったのか、それとも単にメディアが変わったのか。探すのにいささか苦労しましたが、なんとか入手できました。
3度聴いて、やはり良い。歌詞を初めて読みました。抽象的な表現に流しつつも背景に人間くさい憂鬱と煩悶があり、さびの一節「果てしない闇の向こうに Oh Oh 手を伸ばそう」で吹っ切って、不確定な明日を指向していく。
決して明るい曲ではないけれど、空は一面の雲に覆われて風も必ずしもフレンドリーではないけれど。モノクロの都会には今日も光が溢れている、そんな感じかな。
ホルストの組曲『惑星』は7曲構成。地球はともかく冥王星が入っていないのは作曲当時(1914~16)はまだ発見されていなかったからなのですが、ホルスト(1874~1934)は冥王星の発見時(1930年)まだ現役の作曲家。まぁ、確かにあわてて付け加えられるようなものではないのでしょうけれど、それはそれ、ホルストは実に謎の多い人らしい。
最近のCDには他の作曲家が作った「冥王星」がくっついていることもあるようで、たとえば漱石の『こころ』や『明暗』の続きを書いてみたくなる気持ちと似てわからんではない。最近は「木星」がさまざまにアレンジされていて、「木星」だけでCDが一枚できているそうです。個人的に懐かしい曲なので嬉しい。
と、そんなこんなのエピソードがこの星でも生まれるのだろうか。
太陽系の10番目の惑星が発見されたそうです。
Vanessa Carlton / A Thousand Miles
先日買った"the Piano songs"に収められていた一曲。
ピアノのメロディーが耳に残っていて、洒落た曲という印象があったんですが。
つぶやくような歌は女の子の声。
思わず歌詞を眺めました。よくわからないけれど、これは、
一直線の恋の歌? ジュリエットばりの少女の恋??
こういう熱情、素直に憧れたり好もしく思ったりできなくなって久しいけれど。
いつになっても素通りできない引力を感じます・・・。
めずらしく洋楽のCDを買って、聞いております。
あるとき店先で”the Piano songs 2”が平積みになっていたんです。好評につき第2弾! とのこと。名前を知らない曲ばかりだったので、第1弾のほうがいいかなと思い、先日探し出して買ってきました。
曲目はこちら
タイトルがわかるのは Elton John の "Your Song” と Billy Joel の ”Piano Man” しかなかったけれど、どこかで耳にした曲が結構入っていました。
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